ベトナム政府の対応からエミデミックという言葉を知りました。
そのエミデミックが止められず世界に拡散して多数に感染者を発生させる状態が
パンデミックです。

インフルエンザ・パンデミックと考えられる記録は1800年代ことからはあるようですが
科学的に証明されるのは1900年以降からだと言います。

20世紀には3回のパンデミックがあったと記録されています。
20世紀のもっとも有名なパンデミックとして語り継がれているのがスペイン風邪です。
1918年から1919年にかけて世界中で大流行したインフルエンザです。

有名な理由は被害の大きさが際立っているからです。
感染者5億人、死者は5000万人から1億人にも上るとみられる大流行でした。
それは流行の源はアメリカ合衆国なのですが
感染情報の初出がスペインであったためスペイン風邪と呼ばれるようになりました。

ここで今回の新型コロナウィルスについて改めて考えておかなければならないことがあります。
それはスペイン風邪が第一波だけでは済まなかったことです。

スペイン風邪の第一波の流行は、1918年3月米国からヨーロッパに拡大していきますが
感染性は高かってものの致死性は低かったようです。

第二波の流行は、北半球の1918年晩秋からフランス、シエラレオネ
アメリカで同時に発生しました。
第二波の流行の方がウィルスの毒性が増し
重篤な合併症を起こした人が亡くなったと聞きます。

第一波に比べて第二波は10倍近くの致死率だったとも聞きます。
不思議なことに感染者の多かった高齢者の死者は少なかったものの
15歳から35歳の青年層で多数の死者が発生したと伝えられています。
死亡例の99%が65歳以下の若い層であったようです

その当時世界の人口は18億~20億人程度で全人類の3割近くが感染したと聞きますので
5~6億人もの感染者がいたことになります。

第二波が毒性が高まったなんてことはこの時期には耳を覆いたい話ですね。
高齢者の死亡例が圧倒的に少なかったのは、1889年に発生した別のパンデミックにより
これに対する免疫を持っていた高齢者は重篤化が抑えられたとの報告があります。

その当事の治療はや対策は、患者の隔離、接触者の行動制限
個人の衛生、消毒、集会の延期などしかありませんでした。
有効な治療薬やワクチンがなければ、今も昔も同じ方法しかないのです。

それ以外にもパンデミックと考えられるのは
1957年から1958年に発生したアジアインフルエンザがありました。
1957年2月下旬に中国の一地域で流行が始まり
3月には国中に拡がり、4月中旬に香港に、5月中旬にはシンガポールや日本にも拡がりました。
この致死率はスペイン風邪よりは低く、死亡した人は約200万超と推定されています。

 1968年~1969年の香港インフルエンザもパンデミックとして取り扱われていますが
アジアインフルよりもさらに軽症で世界での死者は約100万人程度であったと考えられています。
いずれにせよパンデミックと考えられる流行は最近は少なかったこともあり
免疫がほとんどない現代人にとっては大変な脅威になっています。

またスペイン風邪と違って高齢者が犠牲になることが多いということは
類似した感染症は近年発生しておらず
全く新しいタイプのウィルスであることを表しているのではと推察します。 

記事投稿 西田

アイクラフトJPN・ベトナム株式会社(英語表記:iCRAFT JPN VIETNAM Corp.)代表取締役 西田俊哉
高い技術力を持ち、安定・成熟した日本と発展途上であっても、若々しくエネルギーに満ち溢れたベトナム
この両国のそれぞれの力をコラボレーションすることが、両国の発展にとって意味のあるものになっていくものを考えております。
ベトナムの今を、現地の生の声としてお伝えしていきます。